ブラシ不足で運休

東北関東大震災の影響が、一見すると今回の地震には大きな影響がないように見える、こんなところに出てきました。
JR西日本プレスリリースを参照。
駅貼りのご案内にも同様の告知がなされています。
在来線電車4700両のうち、約半数の2300両が対象とのこと。


古いタイプの電気車は駆動装置に直流モーターを使用しており、モーター内のコイルに給電するための部品としてブラシが組み込まれているのです。
茨城県日立化成工業で素材を生産し、福島第一原発の近くの福島県浪江町にある同社の子会社で加工の上で完成品にしており、このほどの震災及び原発トラブルでの避難区域指定により、ブラシを製造できなくなったとの事。
日立化成工業の全国シェアは50%だそうです。(一部メディアの報道では7割とも)
ブラシは消耗品であり、また絶対に必要な部品ですから、JR西日本だけでなく、他の鉄道会社でも遅かれ早かれ影響が出るものと思います。
近鉄では、この状況が続けば6月頃から影響が出るとの事。
※すでに、観桜用の臨時列車「快速急行さくら号」については運転とりやめとなりました。


JR発表の路線別運転率を参照すると、実に興味深い傾向が見えてきます。
要約すると…

(1)普通電車では、琵琶湖線JR京都線JR神戸線JR宝塚線学研都市線JR東西線阪和線関西空港線瀬戸大橋線快速マリンライナーについては終日100%運転確保。
(2)上記(1)以外の路線の普通電車は、朝ラッシュ時は100%確保、データイム50〜80%、夕ラッシュ時は80%前後。
(3)北陸本線の電車特急は全て運転。
(4)北陸本線以外の電車特急は、こうのとり・きのさき・はしだて・くろしお・スーパーくろしお・やくもについて、編成両数減、臨時特急の運転とりやめ。


なぜこのような事になるのか。
(1)は、ブラシ不要であるインバータ制御の三相交流誘導モーターを駆動装置に使用している車両ばかりで運転されている線区のため。
例:207系321系、223系、225系
 ※阪和線は、数が減ったとは言え、まだまだ多数の103系が配置されているのですが、なぜか100%となっています。やりくりして対応? 間引きはなくとも編成両数減はあるかも?
 ※3月改正で日根野から宮原に205系が転属し、東海道線で運転開始しました。が、車両数がわずか28両だけだから、207系321系のやりくりで対応?


(2)は、国鉄時代に製造された車両、JR発足直後に製造された車両が配置されている線区のため駆動装置に直流モーターを使用している車両が多い線区。
例:103系105系、201系、205系113系115系117系、213系、221系413系415系、475系
 ※国鉄時代には、上記(1)のように三相交流誘導モーター使用の営業用車両は、207系900番台の10両を製造しただけ。しかも常磐緩行線〜千代田線用として松戸区に配置していたので、西日本には関係のない車両。
 ※国鉄製造の207系900番台JR西日本製造の207系は、全くの別モノ。
 ※北陸スジでも金沢以東の普通列車は削減の対象となっているようですが、金沢以西については記述が見当たりません。3月改正で新車521系を多数投入したから?
 ※米子支社管内では所定2両が1両になる列車があるようです。あの辺りで1両運転が可能な電車はないはずですから、ディーゼルカー(キハ40、キハ120、キハ121のいずれか)に車両を変更かと思います。


(3)最後の砦であった国鉄時代製造の485系使用の特急雷鳥1往復が3月改正でサンダーバードに置き換えとなり、三相交流モーター装備の新系列にようやく統一されました。
なので影響なしということなのでしょう。
 ※北陸スジの優等列車といえば583系の急行きたぐにも直流モーターです。発表されていないけどどうなるのでしょう?583系からの改造車である食パン電車こと419系が3月の改正で運用離脱しましたから、419系からブラシを含めた部品もろもろを流用するのかな?
 ※JR東日本持ちの特急北越485系です。他社持ちだからJR西としては発表のしようがないのでしょうが、今後どうなるのでしょうか?
 ※機関車牽引の特急日本海、トワイライトEXPについても言及されていません。両列車は敦賀のEF81使用です。まだトワイライトは運休していますが、日本海は運転再開しました。EF81も直流モーター装備ですのでブラシは使用しているはず。どうなるのかな?


(4)は、国鉄時代に開発された直流モーターの車両183系(700・800番台)、381系使用の特急列車ですね。
3月改正で一部に287系が投入されましたが、これは対象外でしょう。
また、これからも287系が増備されるため、置き換わり次第、対象の本数が減るかもしれません。


JR西日本は、上記(1)(3)のように、輸送量の多い(=収益が多い)と見込まれる線区については、「選択と集中」ということで新型車両を積極的に導入しており、たまたまブラシ不要のモーターであるためにほぼ影響がないということでしょう。


いっぽう、上記(2)(4)のように、輸送量が多くない(=収益があまり見込めない)線区については、(1)(3)からあぶれた直流モーター車両が転用されていますので、影響が大きくなりました。
 ※大阪環状線大和路線は輸送量が多いのですが、直流モーター車ばかりが配備されていますね。大和路線の主力221系はJR発足後に作った意欲作(特に接客部分)なのですが、221系開発当時はインバーター制御の三相交流誘導モーター装備の車両があまり普及していない頃で、結局、足回りは手堅く国鉄開発の205系・211系・213系と同様のシステム(界磁添加励磁制御の直流モーター駆動)が採用されました。
 ※山陽本線の岡山・広島周辺はそれなりに輸送量があるはずですが、見事なまでに旧タイプ車両の集中です。(快速マリンライナーは除く)


山陽新幹線については、今のところ(3月26日現在)、発表がありません。
新幹線車両は高速で走行するゆえに1日当たりの運行距離も長く、ゆえに車両の置き換えペースが在来線よりも早いために、直流モーター使用の車両といえば、100系使用の一部のこだまだけです。
こだま以外は、三相交流誘導モーター装備である300系以降の車両ばかり。
しかも来年のダイヤ改正までには100系は全廃の方向性なので、やりくりで何とか対応するか、仮に影響があったとしても軽微かつ限定的であるものと思います。


JR西日本における「選択と集中」は、良くも悪くも各方面(特に鉄分過多の人達)から批評の対象となっていますが、震災の影響が「選択と集中」にまで及ぶとは、私がブラシ製造メーカーの事を知らなかったとは言え、予想外であり驚きました。


ブラシの製造メーカーに話が戻ります。
日立化成工業以外にもブラシのメーカーはありますが、何しろシェアが50%もあるために、他メーカーで全てをカバーはできないでしょう。
しかも、直流モーター使用の車両は今後、減ることはあっても増える事はないために、メーカーとしても生産能力を大幅に増やす事はできないでしょう。(鉄道以外の直流モーター使用分野がどのような広がりなのか私は存じませんので断言はできませんが)
せいぜい、生産ラインの時間延長や休日操業による稼働率アップ程度しか対応できないものと思います。
ゆえに鉄道会社からのニーズに十分に対応できる体制に戻るには、相当に時間がかかるかもしれません。


今回は、たまたまブラシと言う車両の部品なのですが、現代における鉄道は、車両、軌道、電気、信号、通信、人材の教育および配置など各分野の資源が高度に組み合わさって、はじめて運行が可能なシステムです。
かくの如く、部品がひとつ欠けただけでも、多大な影響が発生しますから、他にも鉄道分野の部品供給が滞らないか、たいへん心配なところですね。